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    【周恩来総理との握手】4月 4日第2134例会 |

    【周恩来総理との握手】4月 4日第2134例会

    皆さん、こんにちは!

     昨年秋、日中両国は、尖閣領有を巡って、忌々しき事態となり、半年を経た今も関係修復の道すら見いだせない状態が続いています。あの問題が起こらなければ、昨年秋は、国交正常化40年の節目を迎え、両国は盛大にこれを祝っていたはずで、長年、日中経済交流に携わって来た私には残念の極みであります。

     日中の国交正常化は、1972年9月、北京で時の田中首相と周恩来総理との間で調印されました。今日のお話は、その年の8月、北京で私が体験したエピソードです。

     1972年の夏、私は社の代表として北京に駐在しておりました。当時の日中貿易は、民間取引(友好貿易)と準政府間取引(LT貿易)が並行して行われていました。8月半ば、日本よりLT貿易の交渉団が北京に派遣されました。私は、交渉団の一員として機械輸出交渉に現地参加しました。日中間の友好貿易もLT貿易も、商談交渉は極めて厳しいものでしたが、中国側の遠来の客へのもてなしは礼を尽くしたものでした。

    ある日、我々交渉団が中国側の招待で中国の京劇公演に行った時のことです。劇の幕間に我々が貴賓室で休憩していましたら、突然、貴賓室のドアーが開き、何と当時の首相、周恩来総理が姿を見せられ、我々を接見されることになりました。そんなことがあるとは事前に何も知らされていなかった我々に、驚きと緊張が走りました。

    周総理は我々団員一人一人に眼を合わせつつ握手された。私は緊張しつつも、折角の接見、ただ握手するだけではと思い、中国語で“能,感到非常光とか何とか言い、何か応えてもらえるかと期待していたところ、周総理はナント“コンバンワ”と日本語で応ぜられ、感激しました。総理の手のひらが大変軟らかくて分厚かったことがとても印象的でした。

     観劇より宿舎のホテルに戻り、先ほど周総理と握手したよとフロントに言いましたら、驚いたことに傍にいたホテルマンが我先にと私に握手を求めるではありませんか。周総理と握手した私の手に触れることにより、間接的ながら周総理と握手したことになるとの、彼らの想いがそうさせた訳です。思いますに、当時の一般市民はなお激しい文化大革命で相当厳しい環境に置かれ、民衆の周総理への敬愛と救いへの期待が如何に強かったかを思い知らされた次第です。

     あれから40年を経た今、日中両国の心の平和的つながりが正常化することを祈りまして、会長の時間とさせていただきます。ご清聴、有難うございました。

     

     

     

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