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    10月30日 第2209例会 |

    10月30日 第2209例会

    中国絶世美人

     中国歴史上の美人は、「沈魚落雁 閉月羞花」と語られる4人の美女が有ります、 西施 王昭君 貂蝉 楊貴妃と言われています。

    この名前は、中国の歴史書で有名な司馬遷の「史記」に書かれているが、唯一西施のみどこにも記載が見当たらないので実在の人物か確証が有りません、貂蝉は架空の人物です。

    しかし西施(沈魚美人)は「荘子」(中国 戦国時代の思想書)に記載が有り、「顰に倣う」という、有名な言葉も西施の美貌より生まれてきたものであり「一顧すれば、其の城を傾け再顧すれば、其の国を傾ける」の言葉もあります。

    それぞれ4人の美人には物語があるが、日本で最も有名で白居易の「長恨歌」の題材にもなっている、楊貴妃について少し書いてみます。

    楊貴妃(719~756 羞花美人)は名前を楊 玉環という、貴妃というのは女官の位のことで皇后に次いでの第二位の位の事です。

    唐の玄宗皇帝の妃であるが、最初は息子の嫁として登場してきた女性であり、それを皇帝が見初め息子との縁を切らせ、一旦寺に入れ出家した様にして、その後また還俗させ皇帝の妃にしたのです。

    皇帝の寵愛あつく、それが為政治に身が入らず政治が乱れ、楊一族の厚遇も有り安緑山の乱なども起こり、為に高官の怨暛の的となり悲運にも楊貴妃は処刑されるに至った。

    この様なことで、唐の国の勢威も衰微するに及び、それで楊貴妃のことを傾国の美という事になった。

    なお、「羞花美人」という意味は楊貴妃が花園を散歩すると、花たちは彼女のあでやかさに遠く及ばぬ事を恥じ、みな花びらを閉じたということです、これが日本語の「花も恥じらう乙女」という言葉の語源です。

     

     

     

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