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    【女木島・男木島 】 12月 6日 第2119例会 | 【ロータリーソング 】 11月29日 第2118例会 | 【くすの木 】 11月22日 第2117例会 | 【万里の長城】 11月15日 第2116例会 | 【挨拶】 11月 6日 第2115例会 | 【R財団月間―FVP】 11月 1日 第2114例会 | 【会員純増を目指してー其の2】 10月25日 第2113例会 | 【熊野古道】 10月18日 第2112例会 | 【人事】 10月11日 第2111例会 | 【職業奉仕】 10月 4日 第2110例会 |

    【女木島・男木島 】 12月 6日 第2119例会

    皆さん、こんにちは!

    私は山登り・街道歩きが好きですが、最近は離れ小島にも関心を持つようになりました。先日、瀬戸内海の小島、女木島・男木島を訪れました。

    女木島は、高松港からフェリーで僅か20分、俗に「鬼が島」と呼ばれている島です。「鬼が島」とされる由縁は、香川県の桃太郎伝説にあります。昭和6年に山頂近くに大きな洞窟が発見されたことによって、桃太郎伝説と女木島が結びつき、以来、女木島は「鬼が島」とも呼ばれるようになったということです。高さ200m弱の山頂の直下にあるという大洞窟に行ってみました。奥行き450m、総面積4000㎡もあり、186㎡もある大広間、鬼のお頭の居間、かっさらった婦女子を監禁する部屋、番人の部屋などがあり、いかにも鬼(海賊)達の住処であったことが見て取れました。

    南北2.7km東西1.5kmの小さな島ですが、地理的には、本州との南北交通、瀬戸内の東西海運の要路にあたり、海賊一味の基地となっていたのでしょう。この島は、高松と目と鼻の先ですが、ご多分に漏れず過疎化・少子高齢化が進み、人口は僅か170人(往時の数分の一)、平均年齢80歳を越えています。

    男木島は、その女木島の北にフェリーで更に20分のところにあり、面積は女木島の半分、人口160人のこれまた鄙びた小島です。私が訪れたかったのは、島の北端にある灯台でした。私のカラオケでの数少ない持ち歌に「喜びも悲しみも幾年月」があります。その映画(佐田敬二、高峰秀子、中村賀津雄)の最後の方に出てくるのが、この灯台です。今は無人で自動運転をしていますが、「日本の灯台50選」のひとつで、明治28年12月10日点灯以来、備讃瀬戸を照らし続けています。この島は、昭和30年頃には、「瀬戸の花嫁」に出てくる「段々畑」の島でしたが、今では耕す人もほとんどなく、自然への回帰が進んでいます。

    二つの島を巡って私は島の未来といいますか、地域の活性化の動きがあることを知りました。島を巡ってみて、あちこちに古民家や空き地を利用した様々なアートが展示されていました。聞いてみますと、これらの作品は2010年瀬戸内国際芸術祭で出品したものでした。2010年にトリエンナーレ形式(3年に一度)で初めて開催され、展示された島は女木島・男木島を含め周辺7つの島々で、7月より108日の期間中、延べ93万人が島々を訪れたということです。これが契機となり、出品された島々への訪問者が増え、島の活性化に繋がっているとのことでした。

    次回は来年2013年の春、夏、秋で合計108日が予定され、島の数も更に5島増え、香川県の瀬戸内全域に広がり大々的に開催されるとのことです。この展示会のコンセプトは「海の復権」で、美しい自然と人間が交錯し交響してきた瀬戸内の島々に活力を取り戻し、瀬戸内海が「希望の海」となることを目指したものです。詳しくはお手元の資料をご覧下されば幸いです。これで会長の時間を終わります。有難うございます。

     

     

    【ロータリーソング 】 11月29日 第2118例会

    皆さん、こんにちは!

    例会では毎回、点鐘の後、みんなで歌を歌いますね。私は、入会して暫くの間、大の大人が一斉に歌うことに異な感じを受けましたが、だんだんと慣らされ、今日に至っております。

    ロータリーソングを歌うようになった謂れ・歴史と経過等を改めて調べてみました。

    ポール・ハリス等4名によりシカゴに最初のロータリークラブが誕生したのが

    1905年2月23日です。同年の秋の夜、例会に一時的な静寂が訪れ会話のざわめきが突然止んだ時、5番目に入会したハリー・ラグルスという人が「おい、みんなで歌おう」と音頭をとって当時流行っていた歌を何曲か歌ったのが、始まりです。

    その後、シカゴRCは誕生後2年目には、些細な意見の違いが大きくなり、クラブ内が割れ出席率も低下するという事態が起きました。当時クラブ幹事をしていたウィルR・ネッフ医師がハリーに「君が毎週立ち上がって楽しく歌うことにしたらどうか」と云いました。その結果、ハリーの指揮する歌声が、毎回クラブの例会で響くようになり、いつの間にかクラブ内の雰囲気は改善され、シカゴRCは解散の危機を脱したそうです。歌が人々の心を結んだのです。そしてその後誕生したRCにも皆で歌う習慣が伝わって行ったということです。1910年にはハリーはロータリーソングブックの出版もしています。

    では、日本ではロータリーソングはいつごろ歌われ始められたのでしょうか。日本で最初のRCは1920年設立の東京RCです。当初はロータリーソングとして英語のまま歌っていたそうですが、「児戯に類する・・・」とて皆あまり乗り気でなかったようでしたが、米人会員E.D.バートンの努力で1926年頃より定着しだしたということです。日本でのRCは東京に続いて内地では大阪、神戸、名古屋、京都、横浜、広島、外地では京城、大連、奉天、ハルピン、台北が誕生し、1930年にはRCは11となりました。

    やがて、日本語によるロータリーソングを求める声が高まり、1935年、京都での地区大会で、募集した新作の「日本語によるロータリーソング」が発表されました。「奉仕の理想」、「我らの生業」などです。その後、1951年に「手に手をつないで」、1953年に「それでこそロータリー」、1973年に「日も風も星も」、「四つのテスト」(もともと和訳されていたのに曲をつけたものとされている)等が作られました。

    日本語のロータリーソングは、何れもロータリー理念を上手く謳いあげています。歌うことによりご利益があるものと思いますので、これからも大きな声でみんなで歌っていきましょう。

    これで会長の時間とさせて頂きます。有難うございました。

     

     

    【くすの木 】 11月22日 第2117例会

    皆さん、こんにちは!

    我が家の庭に大きなクスノキが一本あります。高さ25m、幹周り4m、樹齢は350年位で、豊中市より保護樹に指定され、年間1万円の養生費を戴いております。豊中にはクスノキが多くあり、原田神社の境内など鎮守の森などによく見られます。

    クスノキは漢字では楠木と書きます。字の通“南の木”でベトナム、中国南部がルーツで、史前帰化植物として日本に伝わったと言われています。くすの木は、漢字でまた樟木とも書きます。これはクスノキには樟脳(防虫剤、医薬品、カンフル剤)が取れることからということのようです。虫がつかぬことから、昔は船や家具そして仏像(飛鳥時代)などに利用されていたようです。

    クスノキは日本では、本州中北部より北には殆ど見られず、九州が圧倒的に多く全体の80%を占め、四国が12%、本州西部が8%となっています。クスノキを県の木としているところは、鹿児島県、熊本県、佐賀県それに本州ではお隣の兵庫県の4県です。大阪府の木は、銀杏ですが、府内でクスノキを「市の木」としているのは意外と多く、池田、吹田、摂津、河内長野市など12市に上っています。楠木正重に関連している面もあるかも知れません。豊中市の「市の木」と調べてみましたが、クスノキではなく、金木犀です。

    クスノキは杉、銀杏、梛木などと共にかなりの大木になり、日本では神社などの神木とされていることが多いようです。お手元にお配りしました大山祇神社と書いたメモをご覧になって下さい。大山祇神社は広島と愛媛の間のしまなみ街道の「大三島」にある神社で、此処に日本で最も長寿のクスノキがあります。幹周り11m、樹齢は約2600年といわれています。私は二度ばかり訪れたことがありますが、お釈迦様の居られた時代から脈々と生き続けてきた姿に圧倒され、神々しさを覚え、パワーを頂きました。日本には、特別天然記念物とされるクスノキは、この木以外には福岡県の立花山、徳島の加茂、鹿児島県の蒲生などにもありますが、何れも樹齢1000年‐1500年程度ですので、この大木は飛びぬけた存在と思います。

    我が家のクスノキが650年後に天然記念物になることを夢見まして、クスノキの話をさせて頂きました。ご清聴有難うございました。

     

     

    【万里の長城】 11月15日 第2116例会

    皆さん、こんにちは!

    本日は、このあと、平和フォーラムがあります。ゲストスピーカーとして高野アヤ子様がお越しになられています。高野様は豊中市人権教育推進員協議会の副会長であり、また宇田会員や私と同じく人権擁護委員をされておられます。この後、人権に関わるお話を戴くことになっております。高野先生、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

    先週、日本人旅行者が中国の河北省山間部にある「万里の長城」近くで遭難し、パーティー4名中3名が死亡するという事故がありました。報道によりますと:この場所は、北京郊外の観光地として整備された八達嶺「万里の長城」より更に20km西の地点で、普段は観光客が行かない「万里の長城」(世界遺産ではある)です。7日間で100kmの長城を踏破する秘境ツアーで、事前の下見もなく、全て現地ガイド任せで、装備も充分でなく、予想外の突然の寒波・降雪により遭難したものです。参加者は何れも中高年で、登山のベテランでした。私も中高年で山行きはそこそこ嗜んでおりますが、山行きは、安全が第一で、特にリーダーの適切な判断が何よりも大切であると思っています。

    さて、この「万里の長城」ですが、お手元にお配りしました資料をご覧になってください。万里の長城は、紀元前に秦の始皇帝がそれまで春秋戦国の各国が北方騎馬民族や他国からの侵攻を防ぐ防御壁を繋ぎ合わせ長城としたことが始まりで、明王朝の最盛期には東の山海関から西域の嘉峪関までの全長が一万里余りあることから「万里の長城」と呼ばれています。日本の一里は4kmですが、中国の一里(華里)は僅か500mです。

    万里の長城は一本の長城ではなく、幾重にも重なっております。最近、中国政府は、再調査の結果、これまで公表していた総延長8,800kmをなんと2.4倍の2.1万キロと発表しました。繋げると地球の円周の半分というから驚きです。いずれにせよ人類が作った最大の構築物です。

    私は商社マン時代、北京には累計8年ほど滞在しましたが、北京近郊で有名な八達嶺「万里の長城」には、数えてはいませんが日本からのお客様を案内し、おそらく数十回は行ったと思います。しかし、その雄大さと歴史的魅力は何度行っても尽きませんでした。

     北京駐在時、1980年元旦のご来光を万里の長城で拝もうと、真夜中にタクシーを飛ばし八達嶺に行きました。長城の山頂にある烽火台(狼煙台)より、零下15度と縛れる寒さの中、楕円形に昇る太陽に向かい、入院中の家内の病気平癒を祈り、大きく柏手を打ちました。それから8年、ご利益あってか家内も健康を取り戻し、縁起のいい1988年8月8日、家内、子供達そして父母らを北京に呼び、思い出の長城に案内し、白日の太陽に向い感謝の柏手を打ちました。

     何れにしましても、万里の長城は私にとってパワースポットのひとつであり、また機会があれば訪れたいと思っております。

     少し長くなりましたが、これで会長の時間を終わらせて頂きます。有難うございました。

     

     

    【挨拶】 11月 6日 第2115例会

    皆さん、こんにちは!

    豊中ロータリークラブさんとの初の合同例会に当たりまして、一言ご挨拶申し上げます。

    去る6月16日、8RCの会長・幹事新旧交代懇親会で、クラブ間の親睦・交流にもつながるという意味から、クラブ同士が合同例会をしてみてはどうかと言うことが話題になりました。同席された第一組ご担当の豊島ガバナー補佐のご賛同も頂きました。

    合同例会は、8RCでは、池田RCと池田くれはRCが既に時々やっておられ、お話をお伺いしましたら、なかなかいいものだと言うことでした。

    そこで先ずは、同じ例会場を使用しているクラブ同士がしてはと言うことになり、千里阪急ホテルで、豊中千里RCと箕面千里中央RCが、そしてホテルアイボリーで、豊中RCと豊中南RCがともに組んでやろうとなった次第です。

    この合同例会は年に2回開催となり、最初は豊中RCさんの火曜日の例会に私共が合流する形をとり、次回は下半期に私共の木曜日の例会に豊中RCさんが合流いただくという形となりました。

    私もこれまで二度ばかりメーキャップに豊中RCさんの例会に出席させて頂きました。今回で3度目ですが、合同例会という新しい機会を与えて頂いたことに感謝申し上げる次第です。

    豊中RCさんは、永い歴史と伝統をお持ちのクラブです。今日の合同例会で我々は色々と学ばせて頂きたいと思っております。また、貴クラブは、われわれの親クラブであります。私は親の家に里帰りするような気持ちで今日を迎えたように感じております。

    どうぞ宜しくお願い申し上げ、私のご挨拶とさせて頂きます。有難うございました。

     

     

    【R財団月間―FVP】 11月 1日 第2114例会

    皆さん、こんにちは!

    さる10月27日(土)、地区ロータリー財団FVPセミナーがあり、水野エレクト、長谷川R財団委員長(FVP委員長)と共に参加して来ました。本年度二回目のFVPセミナーでした。

    FVP(Future Vision Plan、未来の夢計画)はR財団の新しい補助金制度です。来年度よりこれまでと異なる活用仕組みが実施されることになっております。27日のセミナーには2660地区の83クラブ全てが参加し、説明を受けました。このFVPは今年度に次年度の計画を申請するという単年度ではない取り組みが必要で、言い換えれば、職業・社会・新世代・国際の奉仕委員会が次年度を見据えた対応が求められる訳であります。

    小規模かつ一年内完結の地区補助金(DG:District Grants)を利用(次年度プロジェクト)するには、本年12月20日までに各クラブより地区にアンケート(次年度に手がけたいプロジェクト計画)を提出、来年1月末までにプロジェクト申請書を提出、2月23日にはクラブとしての資格認定を受けることが求められています。

    R財団の使命に関する6重点分野(1.平和と紛争予防/紛争解決、2.疾病予防と治療、3.水と衛生、4.母子の健康、5.基本的教育と識字率向上、6.経済と地域社会の発展)の大規模(一件の総額3万ドル以上)なグローバル補助金を利用(次年度以降のプロジェクト)するには、来年2月23日に資格認定を受けなければならず、プロジェクト申請の受付はその翌日の2月24日より始まります。色々な制約事項や厳しい条件がありますが、それだけ大きな奉仕ができる仕組みとなっています。

    資格認定は毎年クラブとして受けておらないと次年度のR財団補助金が受けられず、また他のクラブよりプロジェクトへの参加を求められても参画資格がないことになります。地区としては来年2月23日の認定にはそのクラブの会長エレクトがセミナーに出席しR財団から提供される覚書(MOU:Memorandum Of Understanding)に署名することを勧めています。

    本件につきましては近く、既に設立されていますFVP特別委員会で議論・推進して頂きたいと思っています。長谷川委員長、宜しくお願い申し上げまして、会長の時間とさせて頂きます。有難うございました。

     

     

    【会員純増を目指してー其の2】 10月25日 第2113例会

    皆さん、こんにちは!

    先週の土曜日、秋の家族会があり、抜けるような秋空の下、家族を含めて20名が伊勢路へのバス旅行を楽しみ、親睦を深めることが出来ました。

    ジャケット・ネクタイを締めての内宮特別参拝など日頃は味わえない経験もさせて頂きました。大きなアワビの踊り焼きは絶品でした。綿密かつ盛沢山にご手配いただいた中川担当親睦委員、どうも有難うございました。

    突然ですが、今日、吉田弘孝会員より退会の依頼が届きました。また会長・皆様へのメッセージを受け取りましたので、ご披露致します。

    (会場では読み上げましたが、週報の記録としては、都合により割愛させて頂きます)

    さて、今日はこの後、卓話として、二井会員増強委員長による「続・会員増強について皆さんの意見を聞く」があります。

    クラブの総合力のパワーアップ、なかんずく会員増強は我々にとり、今年最大の課題であり、年初の会長方針で述べた通りであります。8月2日の会長の時間でも更にその必要性をお話致しました。また、会員増強委員会も数度検討会をもたれ増強実現に向けてのステップアップを図って頂いております。本日の卓話を通じ更に加速することを期待しております。

    新年度も既に三分の一が過ぎようとしております。これからは成果を目指し、行動することが求められると思います。お話に行かれる時、必要あれば、私もご一緒に連れて行って頂ければと思っております。私が行きます時も、必要に応じ、どなたかに同道をお願いすることもあろうかと思います。どうぞ、宜しくお願い申し上げまして、会長の時間とさせて頂きます。有難うございました。

     

     

    【熊野古道】 10月18日 第2112例会

    皆さん、こんにちは!

    今日は、われわれの大先輩・チャーターメンバーであられる田原名誉会員がお越しになられ、後ほど卓話を頂くことになっております。今年の新しい企画としまして、卓話に名誉会員にも参画して頂き、例会を盛りたてていただくことになりました。田原さま、お忙しい中おいで下さり誠に有難うございます。宜しくお願い申し上げます。

    さて、今日は、熊野古道のお話です:

    お手元にございます熊野古道の地図をご覧下さい。熊野古道は熊野三山(本宮大社、速玉大社、那智大社)へ通じる参詣道の総称です。2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産(日本では12番目)に登録されました。このような「道」が世界遺産になったのはスペインにあるキリスト教徒の巡礼路「サンティアゴへの道」についで世界で2例目です。

    熊野三山周辺は日本書紀にも出てくる日本屈指の自然崇拝の聖地であり、熊野詣は10世紀、宇多法皇や花山法皇の熊野行幸がその始まりと言われています。そして11世紀末、白河上皇の熊野行幸をきっかけに京の貴族の間に熊野詣が盛んになったと言われています。江戸時代には伊勢詣でと並んで、広く庶民にも熊野詣が流行り、「蟻の熊野詣」とその賑わいが伝えられています。明治維新後、神仏分離令の余波もあり熊野詣の風習も殆どなくなりましたが、戦後、平和な時代の中で、パワースポットを求めての熊野詣が形を変えて復活しつつあるようです。

    熊野三山への道は、紀伊路~中辺路、紀伊路~大辺路、伊瀬神宮からの伊勢路、高野山からの小辺路、吉野からの大峯奥駈道等があります。

    私は、歴史・街道歩きの趣味もあり、熊野古道を何度か歩きました。紀伊路、大辺路は距離も長く昔の面影も薄れ、敢えて行っていませんが、中辺路、伊勢路、大峯奥駈は最近10年で走破し、今年は高野山から70kmの小辺路に挑戦しています。

    大峯奥駈道は修験道の開祖役行者が開いたと言う全行程170km全てが険しい修験の道であり、一般のハイカーが手軽に行けるところではありません。私は専門ガイドについてもらい何回かに分けて走破しました。標高1000-1700mの山々の尾根歩きは、上り下りの連続で、それはもう苦しく、厳しい修行そのものでしたが、行く度に心が洗われるような気がしました。

    中辺路は熊野詣を昔のままに味わえる素晴らしい古道です。あの後鳥羽院・藤原定家・和泉式部も通った道です。特に秋は、驚くほど静かな山道を踏みしめる落ち葉の音を胸に受け止め、生かされている自分を感じる道です。

    何れにしましても、熊野古道は自らが行かねばパワーが戴けないところです。クラブの例会も熊野古道と同じくパワースポットになることを願いまして、会長の時間とさせて頂きます。ご清聴有難うございました

     

     

    【人事】 10月11日 第2111例会

    皆さん、こんにちは!

    名誉会員の柏木義文さんがお亡くなりになりました。先日、柏木さんのご子息より栗本会員あてに電話があり、7月4日に亡くなられたとのことであります。柏木さんは、豊中南RCのチャーターメンバーで、1974年-75年(昭和49年-50年)の会長(第6代)を務められました。享年85歳でした。

    理事会決定に基づき、ご霊前をつつみ、ご遺族と面識のある森田会員にクラブを代表して弔問に行っていただきました。通知を受けたのは亡くなられて3ヶ月も過ぎてはおりますが、ここに、柏木名誉会員のご冥福をお祈り致しまして、座ったままで結構です、現会員一同で黙祷を捧げたいと存じます。宜しくお願い申し上げます。黙祷!(数十秒)お直り下さい。柏木さんは千の風となって我々のロータリー活動を見守って下さると思います。

    さて、次期年度の役員・理事を選考する指名委員会が4日、理事会の議を経て設置されました。今年度が未だ4分の一を過ぎたばかりに、早や来年のことをと、鬼も笑う話しですが、FVP(未来の夢計画)が来年度より実施されることもあり、例年より早い目に次年度役員・理事の人選をする必要がある訳です。指名委員会のメンバーは、規定により、今年度の会長、会長エレクト、副会長、幹事、直前会長、それに5年以上の会員から会長が指名する2名の会員(二井会員、西野会員)の7名で、委員長は二井会員です。ロータリーには“NO”は無いと、私は入会時に厳しく教わりました。指名委員よりお話があれば、どうぞ快くご協力いただけますよう宜しくお願い申し上げておきます。

    今月は、米山月間です。後ほど、米山月間に因んで、西口米山奨学委員長が主催するクラブフォーラムがあります。また、そのゲストスピーカーとして2660地区米山奨学委員、池田くれはRCの田中隆弥様にいいお話を頂戴すること楽しみにしております。田中様どうぞ宜しくお願い申し上げます。

    これで、会長の時間とさせて頂きます。有難うございました。

     

     

    【職業奉仕】 10月 4日 第2110例会

    皆さん、こんにちは!

    先月27日より29日まで、東北支援職業奉仕研修旅行に総勢10名で岩手県へ行ってまいりました。詳しいことは、後ほどの職業奉仕フォーラムで報告があると思いますが、参加しての私なりの感想をお話します:

    今回の訪問で大きく分けて2つの成果が得られたのではないかと思います。

    ひとつは、震災地を見せて頂き、また現地の方々のご紹介により、震災後の現地の復興状況、問題点、復興のニーズなどを知ることが出来たことであります。そして、現地の方々は、我々が今年も訪れたことに大変感謝され、大阪に帰ったら、この現状を広く伝えてほしいと願っておられました。今回、釜石市の北部にある大槌町を初めて見せていただきましたが、ご案内いただいた

    NPO「つどい」の元持幸子さんが故里に戻って奉仕活動をされている姿に心を打たれました。そして、ご自身も被害者であるにも関わらず終始、笑顔を絶やさずのご案内は、まさに「超我の奉仕」そのものと感銘を受けました。

    震災復興につきましては、見聞した限りではありますが、人々の逞しい忍耐と努力にもかかわらず、町の再興は、なお道遠しという感じを受けましたことは残念な気がします。

    二つ目は、現地の多くのロータリアンと交流を持ち友情が深められたことであります。今回、例会に参加させて頂いた大船渡西RCはじめ、大船渡RC、陸前高田RC、盛岡西RC、北上西RCの方々と広く且つ親しく交流でき、友情を深められたことは、大きな成果であると思います。特に復興に向けた職業奉仕の活動状況をお聞きすることが出来たことは大変勉強になり、逆に我々が励ましを戴いたような感じがしました。また、昨年より支援させて頂いている「みちのくみどり学園」の子供たち、そして先生方とも交流の機会が持てたことは大変良かったと思います。

    今回、この旅行に参加いただいた方々に改めてご慰労と感謝を申し上げます。また、このような素晴らしい訪問・交流を企画し、実行・リードいただいた吉田職業奉仕委員長に、心より感謝申し上げます。

    さて、10月は、職業奉仕月間そして米山月間であります。職業奉仕に関しましては、この後、クラブフォーラムがあり、豊中消防本部の鈴木様より、“東日本大震災復興支援の現場”のお話を聞かせて頂きます。鈴木さま、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

    これで会長の時間を終わります。有難うございました。

     

     

     

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