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    4月23日 第2231例会 | 4月16日 第2230例会 <藤本副会長> | 3月26日 第2228例会 | 3月19日 第2227例会 | 3月12日 第2226例会 〈藤本副会長〉 | 3月5日 第2225例会 | 2月19日 第2223例会 〈中川副会長〉 | 2月12日 第2222例会 | 2月5日 第2221例会 | 1月29日 第2220例会 |

    4月23日 第2231例会

     先日4月4日(土)に箕面千里中央RC担当でインターシティー・ミーティングが千里体育館で開催され、出席して来ました。その折ゲストに野球解説者の金本知憲氏が招かれていました。

    アナウンサーとの対談形式で話が有りました、その中の話で一つ印象に残る言葉が有りました。広島 阪神球団で現役生活をしていた時は、よく鉄人と呼ばれ大変丈夫な体の持ち主のように言われていましたが、その裏には人知れず努力を重ねていたという事です。

    それは何かというと、食事の量だということでした。是は勿論努力の中の一つとは思いますが、聞いてみないと解らないもので私には意外でした、現役引退を表明した時、最初に頭に浮かんだのは、明日からは無理をせずに食事が出来ると言う事だったそうです。

    この話から、長い現役生活の間相当努力して無理に食事の量を多く摂っていたことを実感しました。これは何もスポーツ選手に限らず、一流と言われる人の仕事の陰には、内容が違えども全て努力が有るというのは、共通の事かもしれません。金本氏は何時も美味しくない、楽しめない食事だったのではないかと思います。その結果があのような輝かしい記録になったということでしょう。 

     なんとなく解っているつもりでしたが、この話を聞いて努力の大切さを再認識いたしました。

     

     

    4月16日 第2230例会 <藤本副会長>

    昨年から、朝日新聞で、夏目漱石の小説が、100何年かぶりに連載されていますが、その連載に当たって、天声人語で次のようなお話が載っていました。

    作家には、その作品のタイトルに凝る作家と、そうでもない作家がいます。夏目漱石は後者の代表格で、おおむね素っ気なかったとのことです。 名高いデビュー作も、「猫伝」とするか、それとも、書き出しの一文をそのまま使うか、と考えていたそうですが、俳人の高浜虚子が推して後者、つまり「吾輩は猫である」になったとのことです。虚子がいなければ、私たちは今ごろ「猫伝」という名作を読んでいたかもしれません。

    「三四郎」にも、次のような逸話があります。  

    漱石は「青年」「東西」「三四郎」「平々地」などの題をあげて、連載する朝日新聞の担当者に、選んでもらいたいと手紙を出したところ、「三四郎」が一番平凡でいい、という漱石の意思もくんで「三四郎」に決まったとのことです。巧まずして出色の題になったようです。

    ところで、今世界で一番人気のある日本人作家といえる村上春樹の5作目の長編「ノルウェイの森」は当初は「雨の中の庭」というタイトルで書き始められたそうです。このタイトルはドビュッシーのピアノ曲集「版画」の中の一曲「雨の庭」に由来します。しかし、題名に迷った村上春樹が、妻に作品を読ませて意見を求めると、「ノルウェイの森でいいんじゃない?」という返答があったといいます。ビートルズの曲の題をそのまま本の題にするということで、本人は当初気が進まなかったらしいですが、周りの「『ノルウェイの森』しかない」という意見に押されて今のタイトルとなったとのこと。これも巧まずして出色の題になったといえるのではないでしょうか。

    もうひとつ、村上春樹の著作で、「中国行きのスロウ・ボート」という短編があります。

    村上春樹の作品の多くは内容を決めずに題名だけ考えて書き始められるといわれています。「中国行きのスロウ・ボート」はジャズサックス奏者ソニー・ロリンズの演奏で有名な「オン・ナ・スロウ・ボート・トゥ・チャイナ」というスタンダードナンバーから取ったタイトルです。小説のタイトルにこの曲名を使った理由として、「僕はこの演奏と曲が大好きだからである。それ以外にはあまり意味はない。『中国行きのスロウ・ボート』という言葉からどんな小説が書けるのか、自分でもすごく興味があった」と村上春樹は述べています。

     

     

    3月26日 第2228例会

    台湾の京劇観賞

    先年(2013年)台湾観光の折、台湾の京劇を観に行って来ました。

    タイペイ アイという(TaipeiEYE)名称で中華伝統芸能を推進する観光劇場です。京劇とは中国の古典演劇の一つの南曲から発展した南方系曲調を基調とする歌劇で、北京で発達したので京劇という名称に成りました。歌 舞踊 台詞 立ち回りから構成されています。

    私が観に行った時の、演目は有名な白蛇伝という恋愛物語でした。日本でも以前に何回か映画に成っています。その他孫悟空などが良く上演されるそうです。白蛇伝は中国の4大民間説話のひとつで、原話は宋の時代に有ったと言われています。

    劇場は、左右に大きな画面が有り舞台に向かって右側には台湾語表記と日本語表記が、そして左側には英語表記とハングル表記が出るようになっています。外国人(母国語以外の人)に内容把握が出来るよう大変配慮されています。

    ちなみに出演者は台湾語で台詞を話しています。また演目の内容を簡単に解説した日本語表記の冊子も有りますので、内容を理解するのに問題は有りません。

    少し演目の内容を紹介します、まず始めは若い女性の歌と台詞で衣掌もきらびやかで美しく、後半は主に多数の男性によるダイナミックな動きのある舞台でした。上演時間は、私が観た演目は1時間ものでしたが、演目により1時間半の物もあるようです。

    初めての京劇鑑賞でしたが、中国文化の一端を透き見した感じです。

     

     

    3月19日 第2227例会

    台湾歴史博物館を訪ねて

     本豊中南ロータリークラブは、台湾の台北士林ロータリークラブと姉妹提携しており国際的な友好親善関係を長く続けています。そんな関係も有り、また個人的にも歴史に興味が有って、先年(2013年11月)に台湾台南市にある国立台湾歴史博物館に見学に行って来ました。日本の万博公園内に有る国立民族学博物館と少し似たような施設です。

    その模様を、簡単に紹介します。施設は台湾歴史公園という、広さ20ヘクタールの公園の一郭に有ります。正面に太陽光パネルを設置した4階建て総ガラス張りの超近代的な建物で、掃除も行き届ききれいな室内です。その展示内容は台湾の歴史を、先史の時代より現代まで時系列に模型や絵、写真等で解りやすく説明してあります。各時代の乗り物 家屋 特に人物の模型は精巧で本物と見まがうようです。説明文は日本語表記が有るので、理解するのに全く問題は有りません。

    台湾が世界史上に現れてきたのは、この島を最初に発見したポルトガル人からで、16世紀中頃沖を航行中の船から非常にきれいに見えた島、という事でポルトガル語の「美しい島」という意味の言葉で(フォルモサ)と言われて認識されてきました。

    また最初の原住民への接触はポルトガルで、それ以来、各時代の統治者たとえば台湾最初の統治者オランダが、現在の台南市に城塞を築きその後複数の統治者が治乱興亡、変遷した様子が展示により良くわかります。この歴史の流れの中に日本も少し関係したということでしょうか。

     

     

    3月12日 第2226例会 〈藤本副会長〉

    パスポートランキングのお話

    旅券(パスポート)とは、政府ないしそれに相当する公的機関が交付し、国外に渡航する自国民に対し、国籍及びその他身分に関する事項に証明を与え、外国官憲に保護を依頼する公文書のことを言います。

    一方、査証(VISA)とは、国が自国民以外に対して、その人物の所持する旅券が有効であり、かつその人物が入国しても差し支えないと示す証書のことです。

    査証(VISA)の主目的は、入国しようとする外国人が入国するにふさわしいかを事前判断する身元審査です。犯罪歴があるなど身元審査で不適格と判断された者には査証(VISA)が発行されず、その場合原則として入国は許可されません。また査証(VISA)は、事前段階における入国許可申請証明のあくまで一部であり、査証(VISA)を持っていても入国を拒否されることがあります。つまり、多くの国では査証(VISA)は入国を保証するものではなく、入国許可(上陸許可)申請に必要な書類の一部となっています。大多数の国が同様の制度を運用していますが、同時に一定の条件内で査証(VISA)免除が行われていることが多いです。

    ところでパスポートランキングとは査証(VISA)なし(ノービザ)で渡航できる国の数のランキングのことです。言い換えれば「パスポート自由度ランキング」ということができます。コンサルティング会社の「ヘンリー&パートナーズ」が2013年7月1日時点で世界中に219ある国・地域のうち、査証(VISA)なし(ノービザ)で多く行ける国の数を比較。発表された「パスポート自由度ランキング」では、173か国に査証(VISA)なし(ノービザ)で行けるフィンランド、スウェーデン、英国の3か国が最も高く評価されました。2位が172か国に行けるデンマーク、ドイツ、ルクセンブルグ、米国で、3位が171か国に行けるベルギー、イタリア、オランダでした。4番目に高く評価された日本のパスポートでは170か国に行くことができ、カナダ、フランス、アイルランド、ノルウェー、ポルトガル、スペインと並びました。欧州連合(EU)加盟国が上位を独占したといえます。東アジア諸国は、韓国(7位、166か国)、香港特別行政区(14位、152か国)、台湾(25位、130か国)、マカオ特別行政区(33位、118か国)、中国(82位、44か国)、北朝鮮(85位、41か国)の順番だった。世界最下位は93位のアフガニスタン(28か国)との結果でした。

    一方、日本が査証(VISA)なし(ノービザ)で受け入れる国の数は2013年 7月1日現在で66カ国とのことです。この後、東南アジアのいくつかの国に対して査証(VISA)なし(ノービザ)で旅行者を受け入れることを決定しておりますので、現時点ではもっと増えているはずです。

     

     

    3月5日 第2225例会

    「ロータリーフェスティバル(RF)成功への集い」

     先日(2015年2月14日 土曜日)ホテルニューオオタニ大阪に於いて、上記のように銘をうった、本年5月5日に開催予定のロータリーフェスティバルの説明会に行って来ました。その内容を簡単に報告させて頂きます。

    まず始めに、この事業の趣旨説明が泉 博朗地区ガバナーより挨拶の後熱く語られました。

    目的はクラブの活性化の為に会員拡大をどの様に進めるか、という観点から従来の日本のロータリークラブの考えの変更をはかり、人知れず奉仕活動するという方向から、広く社会一般の皆様にロータリー活動を知ってもらう為の一方法として、PR活動に力を入れると言う考えに則り、この事業を企画したとの事です。

    具体的には、当日(5月5日 火曜日)は大阪市中央公会堂を貸し切りにして、まずは大阪市役所より地区内全クラブが参加してのパレードから始まり、さまざまなプログラムが準備されています。

    たとえば、キッズフェスティバル、チャリティーコンサート 各種フオーラムまたお茶席等も用意するとの事です。そして普通一般公開していない特別室に於いての移動例会も可能との事です。

    また海外、国内を問わず姉妹提携を結んでおられるクラブに於いては、積極的に招聘してくださいとのことです。

    当日は朝9時より20時まで、長時間にわたり様々なプログラムが準備されています。今回初めての事業ですが、地区役員の方々が非常に力を入れておられる事業と感じました。

     

     

    2月19日 第2223例会 〈中川副会長〉

    本日はゲストスピーカーに神童幼稚園の北川先生をお迎えいたします。

    子育ては人間形成に大切であり、特に幼児期の間が重要と言われています。

    卓話では子育て支援についてお話しいただけるので、この時間は高齢者についてお話しいたします。

    今や高齢者の認知症は500万人、7人に1人が認知症と言われ、10年後には、700万人となり5人に1人が認知症と言われています。

    しかし、認知症だという自覚がないため、悪化させてしまうことも少なくありません。

    認知症を食い止める方法はいろいろあることから、まずは自覚することが治療の第一歩であり、決して恥じることではありません。

     

     

    2月12日 第2222例会

    特別の閏年

    太陽が黄道上の分点 至点を通過してから、また同じ分点 至点を通過するまでの周期(太陽年)を365日と決めました。(太陽暦 ユリウス暦 グレゴリオ暦)またこれを1年間と決めてある。

    この1年間の正確な時間は、365、242194日です。この少数点以下を補正する為に、4年間に一度閏年として2月29日を作ってあります。 

    つまり4で割り切れる年を閏年としているが、しかしこれを長くつづけていると、時間が少し足らなくなってくる。そこで100年に一度たとえば1800年、 1900年等のように00年には4で割り切れても閏年とはしないという例外を作ってあります。

    しかしまたこれを長く続けると、今度は時間に余りが出てくるので、400年に1回400で割り切れる年は、閏年とするという例外を作ってある。つまり例外の例外である。

    それが最近では、2000年の年がまさにその例外の例外に当たる年でした。この2000年の2月29日生まれの人は、400年に1回の誕生日という稀有な人という事になります。

    なお黄道とは、(大辞林より)地球から見て太陽が地球の周りを1年かけて1周して描く天球上の大円の事です。

     

     

    2月5日 第2221例会

    「ロータリーへの私の道」の著書より

     この本は、ポール・ハリス自身によって書かれた自叙伝ですが、主にロータリークラブ作るまでに至る自身の、心象風景を書いたものと思います。ごく簡単に書いてみます。

    彼はウィスコンシン州の小さな町ラシーンで生まれ、3歳の時家庭の事情で父と共に父方の祖父母の住むニューイングランド地方の、バーモント州の田舎町ウォーリングフォードという所に引っ越しました。

    この場所で少年時代を過ごしました。自然が豊かで登山や釣りなど友人と一緒に楽しく遊びました。この経験が後年非常に彼に影響を与えました。また祖父母より、大変期待をかけられました。

    地元の高校を卒業の後、複数の大学や陸軍予備校などで学んだ後、人間のさまざまな生き方を知りたいという考えから、普通の人なら大学卒業後60日以内に弁護士事務所を開業するところを、5年間にわたり各地を放浪する旅に出ました。

    それはアメリカ国内にとどまらず、欧州各地も廻り色々な職業を経験しました。たとえば新聞記者 セールスマン 教師 劇団員等です、そして又多様な人々と接触を持ちました。

    5年間の放浪生活に終わりをつげ、いよいよ弁護士事務所をシカゴ市に開業しました、シカゴといえば当時すでにアメリカの大都会で大勢の人達が暮らしています、しかし彼には本当に信頼のおける友人が居なかったのです。

    人は一人では生きられません、どうしても友人が必要なのです。

    彼は自分以外にも、自分と同じ思いの人が必ずいると信じて気長に時間をかけて友人を探しました。彼は少年時代のような、利害関係のない純粋な友人が作りたかったのです、それで一業種一人に絞り最後に3人の実業家とともにロータリークラブを結成しました。

    それは正に、少年時代のニューイングランドの谷間に戻った気持ちだと書いています。

     

     

    1月29日 第2220例会

     ロータリー理解推進月間に因んで、歴史に就いて少し書いてみます。

    今期2014~2015年度のRI会長 ゲイリーCKホアン氏が所属されている、台湾台北 RCの戦前の設立についてです。

    台北RCの設立については、大阪RCのメンバーが大変重要な役割をしています、というのは大阪RCが1926年に台湾に視察団を出した事に始まります。

    その後、1930年に香港RCの創立に際しロータリー本部のシカゴよりJ.ディビッドソン氏が出席する事になりました。それを聞いた米山梅吉氏が特に頼みこんで台湾に来てもらいました。

    ディビッドソン氏は、30年前には台湾の領事でありその著書「台湾の過去および現在」という名著も書いていた人であり、また彼は方々に23のクラブを作った人でもありました。

    1931年にディビッドソン氏を招き、1月に座談会を開き9月になって日本から多くのクラブ会員が出席してチャーターナイトが開かれました、これが台湾最初のロータリークラブ創立であります。

    つまり台北RCは、日本のロータリークラブと非常に関係が深いと言うことです。

    なお戦後は、日本最初の東京RCの創立(1949年)より2年早い1947年に台北RCが創立されています。

     

     

     

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